昨日は、昭和32年、諫早大水害65年の記念日でした。
水害の記憶を 自分自身で覚えている人は、諫早市民の何%いらっしゃるでしょうか?70才の方では 覚えている方は 数少ないと思います。
水害当時、「80才の高齢者でもこんなひどい水害は、聞いたことがない。」と言われていました。2017年7月21日のブログを 再投稿いたします。ご覧ください。
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「 洪水 」
昭和32.7.25 水害体験記
長崎県諫早市教育委員会編
この本は、学校から購入したと記憶しています。
今、東北の津波や、九州北部の、
被災のテレビ映像と 全く同じ状態が、
小学生の目で、体験談として描かれています。
私の記憶中でも、まったく同じで、
稲光の中で、一瞬見える、
二階の窓から、
手の届きそうな 所を流れる 濁流。
建物らしき大きなものが、流れて、
「 あれがぶつかれば、家が 壊れる 」
との恐怖。
暗闇の中から聞こえてくる
「 お世話になりました ・・・。
ありがとうございました ・・・」
という 女性の 声 ・・・
あの年は、水害日以後も、
毎日毎日 雨が続きました。
床の掃除の水は、雨水を使いましたので
助かりました。
飲料水は、近所の井戸に
皆で、行列して、もらい水をしました。
給水車は ??
記憶がありません。!!
当時は、給水車は、なかったのでしょうね。
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今、異常気象が続き、日本各地で、
水害が、頻繁に起こっています。
今年、テレビを見ていて感じたことがあります。
長崎大水害40周年が、何度も報道されていましたが
諫早大水害は、ほとんど報道されていませんでした。
昭和32年の諫早大水害死者、630名で、
昭和57年の 長崎大水害死者、300名 でした。
諌早大水害の経験者としましては、
もっと、諫早大水害の報道をしていただきたいと
願っています。