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2017年07月25日

 甘酒を作りましょう。
「米こうじ乾燥 いさはやのいのち」です。
 1 kg と 200 g の 2品 ございます。



乾燥米こうじ1Kg.JPG


 甘酒の作り方

乾燥米麹200g もち米ご飯200g 湯冷まし600CC
1 ご飯を60度位までさまし、
  電気釜に材料を入れ、混ぜ合わせます。
2 夏は蓋を開けたままで、上に綿ふきんをのせ
  冬は保温のスイッチなどでこまめに調節し
  温度を50度〜60度に保ちます。
3 10〜15時間で、出来上がります。
4 冷蔵庫で保存してください。
  65度で菌が、死滅しますので、ご注意下さい。
お好みで牛乳、レモン汁、生姜汁等を加えます。

ご注意いただくことは
1、開封後はすぐお使い下さい。
2、保存方法 高温多湿や直射日光をさけてください。
3、15度以下の冷暗所に保存します。
4、麹菌は、生き物ですので、清潔に、お取り扱いください。

posted by いさはやせいかつ   at 15:40 | Comment(0) | 商品ご案内

2017年07月23日

サンケスト50 2009102808330000[1].jpg


サンケスト500 20090624085002_2007-0508-0738[1] - コピー (2).jpg


たくあん漬など、お漬物に欠かせないのが
「 サンケスト 」です。
 サンケストは
炭酸カルシウムですので、本漬け時に加えますと、
漬け物に 酸が生じてくると、順次、中和をしますので
漬け物が、すっぱくなりません。
結果、痛まないので、長く、おいしく食べれます。
と同時に、カルシウムですので、体に良い ・・・

チョッとひと手間  
「 サンケスト 」を 加えましょう。

漬けものには、4斗 60Kgに  50gを 1袋
味噌作りには、2斗 30Kgに 500gを 1袋

試してみられる事を、おすすめいたします。
posted by いさはやせいかつ   at 10:32 | Comment(0) | 商品ご案内

2017年07月22日

味噌つくりのシーズンになりました。

永年ご愛顧になっている 種麹菌の 
「白味噌菌」、 「田舎味噌菌」
「醤油菌」
に加えまして、
「甘―い甘酒菌」(種麹菌)も 販売しています。

今、手作りの 甘酒を使って まろやかな甘さのお料理を
楽しんでいらっしゃる方が増えています。

「乾燥米麹」から甘酒を作れば、
より手軽に、甘酒を 作ることができます。


古来からの自然の発酵の力で
食卓に笑顔を!


種麹白味噌菌20101003.jpg

種麹甘い甘酒菌20161211DSC_0775 - コピー - コピー.jpg

乾燥米こうじ1Kg.JPG

posted by いさはやせいかつ   at 20:11 | 商品ご案内

  「 洪水 」
 昭和32.7.25 水害体験記
 長崎県諫早市教育委員会編

この本は、学校から購入したと記憶しています。
今、東北の津波や、九州北部の、
被災のテレビ映像と 全く同じ状態が、
小学生の目で、体験談として描かれています。

私の記憶中でも、まったく同じで、
 稲光の中で、一瞬見える、
  二階の窓から、
手の届きそうな 所を流れる 濁流。

建物らしき大きなものが、流れて、
「 あれがぶつかれば、家が 壊れる 」
 との恐怖。

暗闇の中から聞こえてくる 
「 お世話になりました ・・・。
   ありがとうございました ・・・」
という 女性の 声 ・・・


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あの年は、水害日以後も、
  毎日毎日 雨が続きましたので、
床の掃除の水は、雨水を使いましたので  
  助かりました。

飲料水は、近所の井戸に 
  皆で、行列して、もらい水をしました。

給水車は ?? 
  記憶がありません。!! 


昨日の投稿も、合わせてお読みください。
posted by いさはやせいかつ   at 10:13 | 行事・出来事

2017年07月21日

大水害被害陶板高城水位標そば



高城水位標そば陶板PIC00018C.JPG

posted by いさはやせいかつ   at 19:56 | 行事・出来事

諫早大水害 「 洪水 」
昭和32.7.25 水害体験記
長崎県諫早市教育委員会編 
※注 市内の小中学生の 体験談です。

小学生の時、諫早は、80年ぶりの 大水害に襲われました。
諫早駅前の 永昌東町は、当時、永昌町東 と呼ばれ、
今の永昌町は線路より上で、永昌町西 と言われていました。
線路上の永昌町西の人は、地獄の一夜が明けて、初めて、
永昌東町の 水害に気が付いたそうです。
御館山小学校は、高台なので、被害はありませんでしたが
児童が、10名ほど亡くなったと 記憶しています。

市内では、一夜で 600名以上が、犠牲と なられました。
当時は、電話回線が不通になったために、
諫早は 全滅したと 報道されたそうです。
諫早高校の 無線部員によって、
市内の状況の 第一報が伝えられたそうです。
当時も、諫高は、市役所のすぐ近くにありました。

当時の、作文集があります
御館山小学校の児童の作文も、7名載っていました。
うち、2名は お知り合いの方でした。
住所の 永昌町 とあるのは、今の永昌東町のことです。

文集の写真も写したのですが、うまく載せることができませんでした。
諫早の歴史博物館で、諫早大水害展が開かれていますので
ぜひ、大水害の状況を 見て、語り継いでいってください。

・・・ 皆様、安らかに お眠りください。・ ・ ・

今回の九州北部水害の、復旧作業の方々、この暑さの中、
くれぐれも、ご無理をなさいませんように、ご注意ください。

posted by いさはやせいかつ   at 16:55 | 行事・出来事