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2014年10月29日

《責任のがれはやめよ》十月のテーマ 経営者も家庭人
今週の倫理893号

 人間にとって、もっとも大切なのは、
自分が仕事を通じて、健全な社会の建設のために、どれほど貢献しているか、
ということである。
とくに父親は、この道をまっすぐに進む必要がある。
 父親がそうした気持ちで、ひたむきに働くとき、
その状態は妻である母親に影響し、わが子にも反映する。

 父親がフラフラしていると、子どももフラフラするのである。
父親の心意や行動は子どもに反映する。
それは共にいる時間の長短に関係ない。
 親と子は目に見えないところで深く強くつながりあっているのであるから、
子どもがみていないからといって、
子どもに教えるべきしつけと反対のことを父親がしていると、
それを目撃していないはずの子どもが、
父親と同じことをいつのまにか行なっている。

 わが子は見えないところで自分を見ている、わが子のいないところでも、
わが子をしつけることができるという信念ではたらくのがほんとうだ。
 またたとえ、仕事で忙しくわが子と接する時間が少なくても、
たったひとこと、子どもに「こうしなさいよ」と言ってやるだけで、
ピンと子どもに響くのである。
いつも一緒にいて、くどくどと同じことを繰り返して言っているだけがしつけではない。
百の説教より一つの実行。百の注意より一つのすすめ。
こういったことの方が、効果は大きいのだ。
父親はほとんど実行しないでいるくせに、
母親のせいにして妻に子どもを叱らせるようなことは、
もっとも下手な教育である。

 子どもがほんとうに社会に尽くし、
社会のためになる働きをする人間になるかどうか。
他人になるべく迷惑をかけないような、しっかりした人間になるかどうか。
その教育の責任の半分は父親にある。

 いや半分どころではない。
すべての責任は父親にあると自覚するのが、まことの父親の愛情である。
 妻の欠点のすべてを抱き、暖かくわが家をつつむのが夫の愛情だ。
「いっさいの責任は自分にある」と大手を広げて受けて立つ。
 そこに一家の愛和の基礎がある。
こうした愛情をもって、職場においても、いつも子どもが見ているぞとの信念で働く。
それがほんとうの父親なのである。

 夫(父親)としては妻(母親)に責めを負わせないという度量と確信で、
力いっぱいその日を働きぬく。
そこにあふれるような喜びが、しかも高く、清らかな楽しさが湧いてくるのではないか。
そして子どものすること、なすこと、すべてわが責任であるから、
「今日もしっかり勉強し、そして元気いっぱいに遊べ」と、
自分の仕事にうちこんでゆく。
そこに何ともいえぬ生活の歓喜がにじみ出てくるのだ。
 ドンと来い! などという真骨頂は、そうしたところにある。
 世の父親たる者、もっとこの人生を力いっぱい活躍し、
生きぬいていこうではないか。

(単行本『あなたは生命の元を見つけたか』より)

一般社団法人 倫理研究所法人局

posted by いさはやせいかつ   at 17:09 | Comment(0) | 名言・格言

2014年10月20日

《朝一番の波を捉える》九月のテーマ 波に乗る
今週の倫理892号

秋は祭りの季節です。
日本人は昔から、秋の収穫シーズンに「五穀豊穣」「大漁満足」などを祈願し、
田畑や山、海からの幸に感謝を込めた祭事を執り行なってきました。
その地域の形式に則り、踊りや歌に願いを託します。
同じ共同体で暮らす人々が、一年間の感謝を捧げながら、
「ワッショイ、ワッショイ」「やっさ、やっさ」などと掛け声を合わせて、
神輿を担ぎ、町内を練り歩きます。

この神輿の重さは、一度でも担いだ経験のある人ならよくご存知でしょう。
神輿を担ぐのは容易ではありません。
重いものでは一トンを超える神輿もあるようです。
しかし、不思議なもので、声を揃え、息を合わせて担ぐことで、
あれほど重く肩や掌にのしかかっていた負担が、
嘘のように軽くなるものです。
祭りの見せ場ともなれば、異様な盛り上がりの中で、
神輿と担ぎ手が一体となったような感覚を覚え、
見ているものも共感の輪に巻き込んでしまいます。

一体になるのは、神輿と担ぎ手、観客だけではありません。
神輿や山車には、祝詞奏上と共に「御魂入れ」という式が執り行なわれます。
この時、ご祭神と共にご先祖様が招かれます。
つまり、今を生きるわれわれと、あの世の神様、ご先祖様が、
祭りを通して一体となるのです。

まさに祭りは、目に見えない大自然のリズムと一致し、
命の波に乗る如き営みといえましょう。
 「波に乗る」という慣用句には、時の流れに乗る、
時勢にうまく合って進展する、勢いに乗る、調子に乗るなどの意味があります。
皆様は、経営者として、どのような波に乗っているでしょうか。

 通常、経営者として必ず意識をしなければならない時間の区切りとして
「今期」「一年間」といった捉え方があります。
一年間の目標を達成するには、当然、半年ごとの決算が関わってきます。
それをクリアするには一カ月ごとの目標があり、
一カ月の前提には一週間という区切りがあります。
そして、この一週間を作り上げるのは、
今日一日をどのように過ごしたかということによります。
つまり、一年間という長いスパンで波に乗るのは、
突き詰めていけば、今日一日の小さな波に乗ることなのです。

倫理法人会では、一週間に一度の「経営者モーニングセミナー」の会場に、
「朝起きは繁栄の第一歩」という標語を掲げています。
「朝起き」とは、目が覚めたらサッと起きることです。
朝起きるということは、「気づき」であり、
「インスピレーション」「直感」とも結びつきます。
「気づき」とは大自然からのメッセージであり、
これも波の一種として捉えることができるでしょう。

今日という一日は朝から始まります。
その朝のスタートをどのように切るのか。
いつまでも惰眠を貪ったり、二度寝していては、
せっかくのチャンスを取り逃がしてしまいます。
気づきの波に乗って、一日の良い波を作り出し、
人生の波に乗ろうではありませんか。

  一般社団法人 倫理研究所法人局
posted by いさはやせいかつ   at 16:59 | Comment(0) | 名言・格言

2014年10月18日

《地球のリズムを受け止める》九月のテーマ 波に乗る
今週の倫理891号

 九月は防災月間です。
地震などの自然災害に対する備えを改めて見直し、点検する月です。
地震は「プレート」と呼ばれる岩盤のズレにより発生する、といわれています。
地球の表面に存在する異なるプレートがぶつかったり、
すれ違ったり、片方のプレートがもう一方のプレートの下に沈み込むなどして、
強い力が働いて発生するというメカニズムです。

地震が多く発生する地域は、
このプレート同士が接しているところだと考えられています。
日本は、多くのプレート境界に位置するため、
他国に比べて、地震が多く発生してきました。
その度に力と心を合わせ、手に手をとって再建してきた歴史が
日本の歴史でもあります。

そうした経験上から、日本人は古来より自然に畏敬の念を持ち、
災害に対する数多くの教訓や心構え、対処法が生まれ、
伝えられてきました。
多くの自治体で採用され、掲げられている「地震の心得十カ条」も
その一つでしょう。
長年の研究により、このプレートの変動には、
数百年単位で一定の周期がある、といわれています。
地球に生命があるとすれば、プレートの動きに端を発する地震もまた、
生命の鼓動であり、命の営みであり、
地球そのものが持つリズムといえるでしょう。

 私たちは、地球で生活する以上、
このリズムから逃れることはできないものです。
地球という大きな命の営みの中で、
自然災害は必然的に起きてくるものだとすれば、
肯定的に、安らかに受けて、順応するしかありません。

地球の大いなるリズムに反発することなく、受け入れるためにも、
先人が体験によって得た智恵を大切にして、
力を結集して、手立てを取ることが大切でしょう。

その手立てとは、日ごろの備えにほかなりません。
?突発的な事象にもパニックに陥らないような「心の備え」を持つこと。
?生きていく上で必要最小限の物を準備し、
節目にはしっかりと確認する「物の備え」を持つこと。
?防災訓練に積極的に参加したり、
離れ離れになった家族や社員とどこで落ち合うのかを決めておくなどの
「行動の備え」をしておくこと。

これら「三つの備え」があるからといって、
もちろん万全というわけではありませんが、
少なくとも災害の際の行動、また災害の後の対応は、
備えのあるなしで大きく異なるしょう。

 東日本大震災から、すでに三年半が経過しました。
震災直後から、全国で純粋倫理を学ぶ多くの有志が手を差し伸べて、
現在も支援を続けています。
被災地も、徐々にではあるものの、
復興からその先の創生に向けての歩みを進めています。

震災の経験は、時間の経過とともに薄らいでしまう傾向にありますが、
この九月は、災害への備えをもう一度確認する時期としましょう。
そして、日頃から、地球が育む自然の恩恵に感謝し、
畏敬の念をもって環境保全に努め、生かされている命を大切にして、
日々を朗らかに生きたいものです。

  一般社団法人 倫理研究所法人局
posted by いさはやせいかつ   at 21:17 | Comment(0) | 名言・格言

2014年09月14日

《変化対応の鍵はどこに?》九月のテーマ 波に乗る
今週の倫理890号

近年の再生可能エネルギーへの関心と相まって、
技術革新による世の中の変化がいっそう加速しています。
自動車業界では、ハイブリッドカーや電気自動車の普及が進み、
リッター三十キロを越えて走る低燃費の車が次々と登場しました。
エネルギーの分野では、シェール層から抽出する石油や天然ガス
(シェールガス)が注目を集めています。
また、ミドリムシからオイルを生産するバイオ燃料の研究や、
微生物が有機物を分解する際に電気を生み出す原理を利用した
「微生物燃料電池」の開発も進んでいます。
こうした社会の構造を変えるような技術革新や景気変動の波は、
一定の周期で起きると、様々な経済学者が唱えています。
             *
「世はまさに波動である、リズムである」。
これは倫理運動の創始者・丸山敏雄の言葉です。
さっと来て去る波、遅い波と、その波長に長短はあるものの、
行きつ戻りつ、浮びつ沈みつゴールに入る。
これが人生である、と著書の中で述べています(『純粋倫理原論』)。
 世の中の動きすべてに、リズムがあるとすれば、
変化に対応して、うまく時代の波に乗るには何が必要なのでしょうか。

近江屋ロープ株式会社という会社があります。
創業は一八〇五年。網づくりを本業とし、
明治以降は、林業や農業、鉱山の現場で使用する麻や綿の販売で栄えました。
戦後はビニールやナイロン製のロープの卸売り専門会社となり、
成長を続けます。しかし、林業の衰退やバブル崩壊後の公共事業の減少に伴って、
やがて経営危機に陥ってしまいます。

この時、社員の提案から起死回生の一手が生まれました。
山が荒れ、急増したイノシシやシカから農産物の被害を防ぐため、
害獣の侵入を防ぐネットの製造に乗り出したのです。
需要は思いのほか多く、特に、イノシシの侵入を防ぐネット「イノシッシ」は、
ネーミングのインパクトもあり大ヒット。会社は息を吹き返したのです。
時代の変化に対応して経営悪化からの回復を成し遂げたのですが、
その背景には、これまでの蓄積がありました。
ロープに関するノウハウ、山や森との関わりという自社の強みがあったからこそ、
時代の変化に対応できたのです。
新たなビジネスも、本業のレールの延長線上にあったのです。

時代の変化に対応するために、
過去のプライドや成功体験を捨てて臨むのは大切でしょう。
その一方で、捨ててはならないものがあります。
それは、何の会社なのかという企業の「本(もと)」、
本業であるコアの部分です。根無し草では、波に翻弄されて溺れてしまうでしょう。
変わらないわが社の「本」を見つめ、そこで働く人の心と、
企業の「本」がしっかりつながること。
これが時代の波に対応するための秘訣ではないでしょうか。


参考資料
『週間エコノミスト』8・26号( 毎日新聞社)
『千年企業の大逆転』野村進著(文藝春秋)
posted by いさはやせいかつ   at 16:26 | Comment(0) | 名言・格言

2014年09月03日

《スランプを抜け出すには》八月のテーマ 逆境のときこそ
今週の倫理888号

 自分を成長させたい、何とかこの問題をクリアしたい…と望んでも、
それが簡単に解決されることは稀でしょう。
好結果に至るまでの道のりは、なかなか厳しいものです。
今週は、二月に開催された冬季ソチ五輪で、
男子シングル・フィギュアスケート選手の一人として活躍した、
町田樹選手のエピソードを紹介しましょう。

町田選手がフィギュアスケートと出合ったのは三歳の頃です。
家族に励まされながらトレーニングを続けますが、
特に熱心に応援してくれたのは母の弥生さんでした。
母子での早朝ランニングを日課とし、
遠征中や合宿中も毎日会話をして、弱音を受け止める相手になってくれました。
用具代や遠征費がかさんだ時は、昼と深夜に飲食店で働くなどして、
やりくりをしてくれました。

運動能力に恵まれていたわけでもなく、
スポンサーやマネジメント会社のサポートもない中で、町田選手は、
オリンピック出場の夢に向かってひたすら努力を続けました。
家族の温かな支えもあって、メキメキと実力を上げ、
やがて国際大会にも出場するまでにレベルアップしていきました。

 2012年のグランプリシリーズ中国大会で優勝。
その後のグランプリファイナルにも出場しますが、
成績はまさかの最下位でした。
直後の全日本選手権でも9位と惨敗し、
ソチ五輪を前に、精神的にひどく落ち込みます。
スランプに陥った町田選手を、ある日、母親の弥生さんは
「自分自身を変えないと一生勝てないよ」と叱り飛ばしました。
母の厳しい一言と、そこに込められた深い慈愛にハッとさせられ、
町田選手は奮起します。

 気合を入れるため髪を丸刈りにして、坊主頭の写真と共に、
「試合期間中は電話してこないで」と母に決意を伝えました。
弥生さんは、そのメールから「何としても五輪に行く」
という強い決意を感じたといいます。
さらに、毎日の練習時間を自主的に一〜二時間延長して、
再起にかけたのです。
その後の試合では「自信を持って演じられるようになった」
とコーチからも評価され、ついに二十年間憧れていた
オリンピックの舞台へ立つことになったのでした。
               *
困難に直面した時、「困った、困った」と愚痴を言い、
弱音に終始していては、気持ちは萎縮するばかりです。
状況を打開するのは、「やってやるぞ」
「この苦しさを機会に自分を磨くぞ!」という前向きな心境と、
「成功するまでやり続ける」という継続力でしょう。

倫理研究所を創立した丸山敏雄は、青年に向けた書の中で、
「心境は、苦難あるごとに開け、障害にあうたびに成長する」
(『青春の倫理』)と喝破しています。

 困難な問題に果敢に挑戦する時、積極心は倍増され、
知恵や才覚が湧き出てくるものです。
苦難の中でこそ自分が磨かれると知り、
今直面していることから逃れずに、一歩ずつ前進していきましょう。

参考資料:『日本経済新聞』二月十三日
posted by いさはやせいかつ   at 10:13 | Comment(0) | 名言・格言

《人生の岐路に指す一手》八月のテーマ 逆境のときこそ
今週の倫理887号

 私たちの人生には様々な紆余曲折があります。
上昇気流に乗って商売がうまくいく時期。業績が悪化して、
資金繰りに苦しむ時期。
思いがけない逆境に直面して、
生きるか死ぬかの経験をする時期があるかもしれません。
誰しも、一生のうちに一度や二度は乗り越えなければならない
逆境に遭遇するでしょう。

それを乗り越えられるかどうかの分岐点は、
自らの「心」が密接に関係しているというのが、
私たちの学ぶ純粋倫理の特徴の一つです。
大なり小なり逆境に直面した時、
「困った」とか「苦しい」と言う人がいます。

「困」という字は「生命が囲われている状態」、
「苦」には「生命が枯渇している状態」という意味があります。
二つの字には、自分の生命を縮める、自分の能力に自分で限界点をつくる、
自分で成長を止めてしまう…
などの意味が隠されているのです。

将棋界の歴史に名を残す棋士故・升田幸三名人は、
大正七年に広島県で生まれました。
幼少の頃はやんちゃで、神社のご神体に小便をかけたり、
貧乏を馬鹿にされ、近所の女の子を日本刀で切りつけたりしたこともありました。
半面、将棋の腕は抜群で、近郷近在、升田少年にかなう者は誰もいませんでした。

 ある日「棋士になりたい」と母に伝えると猛反対されましたが、
自分の決めた道に進みたいという強い思いから、
母の物差しの裏に「この幸三、名人に香車をひいて勝ったら大阪に行く」
と書き置きして十四歳で家出。
木見金治郎名人の門下生になりました。

 昭和二十七年の第一期王将戦にて木村義雄名人を降して王将位を獲得。
昭和三十一年の第五期王将戦では、
大山康晴名人を相手に「名人に香車を引いて勝つ」という、
空前絶後の記録を達成。十四歳からの夢を実現させたのです。

なぜに氏は、自らに課した試練を乗り越え、
前人未到の偉業を成し遂げることができたのでしょうか。
それは、常に自分を向上させる自己暗示をかけていたからだと、
自著の中で語っています。
「私は自己暗示というのは、人生にとって非常にだいじなことだと思っている。
(中略)不成功に終わる人というのは、
自己に無意識のうちに自信喪失させるような暗示をかけている。
おれはもうダメだとか、終わりだとか、始終ボヤいたりして、
自分を奈落の底に落ちこませるような自己暗示をね。
逆に、伸びる人というのは、いつも自分を向上させるような暗示をかけてますよ。

ここに、わたしゃ分かれ道があると思う。
同じことでも、自信をつけるのと奈落の底へ落ちるように仕向けてるのとでは、
これ、天地の差がありますよ」(升田幸三『勝負』成甲書房)

どの世界でも、一流や超一流と言われて成功している人に
共通している資質の一つに「プラス思考」が挙げられます。
私たちも、いい言葉やプラスの言葉で自らの心に暗示をかけてみましょう。
そして、どのような逆境でも乗り越えていくという
不退転の決意で突き進む時に、順境という明るい道は拓けてくるのです。
posted by いさはやせいかつ   at 10:02 | Comment(0) | 名言・格言

2014年08月25日

昨、21日、FAXの着信の呼び出し音が、
 いつもと 違う音が、午後、なりっぱなし。
ディスプレイをみますと、真っ黒です。

翌日22日に、NTTへ連絡しましたが「113が、混みあっています。」
やっと通じましたが、故障していたのが、QTネットの方でした。
それから、ビビックへの電話しまして、
電話での、何回にも及ぶ、やり取りが続きました。
「スクリプトエラー」が出ました。

故障担当の方が見えて、 夜までかかって、点検と修理 ・・・。
回線が、2回線あったので、助かりましたネ。

隣のビルに、雷が落ちる所を、みなさんが、見ていたそうです。
FAXは、修理不能で、買い替えなければなりません。

が、今朝、またまた、「スクリプトエラー」です・・・。
私には、意味不明な 世界です。

9時過ぎました。
今から、また、連絡を、入れましょう か ネ。
posted by いさはやせいかつ   at 09:17 | Comment(0) | 行事・出来事

2014年08月20日

《感謝こそ最大の気力》八月のテーマ 逆境のときこそ
今週の倫理886号

自分が望む順風満帆の理想的な状況。
現在の自分を取り巻く厳しい現状。
多くの人にとって、このギャップが課題であり、
苦難といえるでしょう。

乖離した理想と現実との深い溝を埋めるには、
まずは与えられた現状に対して―
―たとえそれが受け入れがたい状況でも―
―真正面から受け止めることです。

右往左往することなく、冷静に
この状況に至るまでの過程を見つめて、
より客観的な目でその原因を捉えることが先決です。

 もちろん苦難の只中に閉ざされた時は、
冷静な観察眼を発揮するのは難しいのが現実です。
心配事が脳裏を駆け巡り、
物事を悪い方向ばかりに考えてしまいがちです。
しかし、行なうべき手立てを講じることなく、
手をこまぬいていたり、責任転嫁に血道を上げていれば
どうなるでしょう。
状況は好転するどころか、いっそう悪くなるばかりでしょう。

 こうした状況から脱する一つの方途は、
「ない」ことへの不平不満から、
「ある」ことへの感謝の念を深めることです。
周囲の人や物、環境への「恩」の自覚を再確認することが肝要です。

『下剋上受験』(産経新聞出版)という、
受験生を持つ親たちを中心に、ベストセラーになっている本があります。
著者の桜井信一氏は、中学卒の両親のもとに生まれ、
自身も妻も中学卒という最終学歴です。
そうした状況の中、
一念発起して娘を私立女子中学校の超難関校へ
入学させることを決意しました。

 そのために選んだ方法は、進学塾に通わせるのではありません。
「親塾」と称して、娘と一緒に自らが受験勉強に打ち込んだのです。
結果、第一志望校にこそ合格は叶いませんでしたが、
超難関の有名私立中学へ進学させることができたのです。

 桜井氏の中には、
子供もまた自分と同じような道を辿るかもしれないという
「負のスパイラル」を断ち切りたい思いがあったようです。
何より、単に高学歴を望むのではなく、
愛するわが娘の可能性を広げることが一番の願いでした。
そのために、自らの挑戦として、
仕事と娘の受験勉強サポートの両立を課したのです。

著書には、受験勉強の過程でのとまどいや葛藤、逆境が綴られています。
そして、その過程で、様々な方から受けた恩をはじめとした
貴重な気づきがあったと振り返っています。
家族の絆をより強く育むことができたと言います。

 厳しい状況の時こそ、安易な手練手管に頼るのではなく、
自分が今こうして人生を歩むことができていることへの恩意識を再確認し
周囲への感謝の念を深めることで、
困難を乗り越える大きなエネルギーを得られるものです。

「感謝は最大の気力」と言います。
逆に気力が湧かない人は、
周囲への感謝の念が乏しい人とも言えるかもしれません。
 このお盆の時季は、祖先への「恩」を再認識する絶好の機会と捉え、
目の前の課題に挑戦する情熱を喚起してはいかがでしょう。
posted by いさはやせいかつ   at 19:20 | Comment(0) | 名言・格言

2014年08月15日

先ほど、お墓から、戻ってきました。

大和家の墓地には、ひとつの区画に、
3基の墓石が あります。
父が生前に、墓石の業者に依頼して、磨いていただきまして、
きれいに、輝いていました。
しかし、最近、墓参に行くたびに、茶色くなってゆきました。

昨日、ふと「水ペーパーで磨こう。」と思いつきましたので、
お盆の今日、ウォーターペーパーで お墓を磨いてきました。
大和家の墓石が、少しですが、きれいになりました。
あとの、2基は、そのままですが、
これからは、墓参りに ゆくたびに、
少しずつ 磨いてゆきたいと思っています。

朝から、雷の、吹き降りでしたが、
夕刻になりますと、雨も小降りになりましたので
墓参りの方も、増えて、初盆のご家庭も相次いで、見えました。

長崎県は各地で「お精霊さん」を流す 「精霊流し」 が行われます。
良かったですね、精霊流しが、無事にできて、
皆様、天国へと、旅立って 行かれました。
posted by いさはやせいかつ   at 20:13 | Comment(0) | 行事・出来事

2014年08月14日

《逆境をどう受け止めるか》八月のテーマ 逆境のときこそ
今週の倫理885号

 事業商売に逆境はつきものです。
辞書に「苦労の多い境遇。不運な境遇」(『大辞泉』)とあるように、
普通は誰しも喜ばない状態です。
それでも「逆境こそ自分を成長させてくれる」や「ピンチこそチャンス」
という言葉で、逆境を前向きに受け止めようという話をよく聞きます。

 しかし、あまりに軽々しく「ピンチはチャンス」と言われるのを聞いていると、
本当にきちんと受け止めているのだろうか、という不安に駆られる時があります。
 起きてくる苦難を前向きに受け止めようとすることは大切なことです。
しかしそれは、逆境を乗り越える端緒に過ぎません。
それがもし、危機的状況に直面した自身の恐怖心を無理やり中和するための
方便であれば、非常に危険なことでしょう。

 事業経営における逆境は、放置すれば、企業の存続を脅かすものです。
したがって、まず重要なことは「必ず乗り越えるのだ」という強い決意です。
そのうえで適時的確な処置を施し、その過程で、トップはもとより社員一人ひとりが、
平常時には学び得ない様々なことを体験し、有形無形の実を取ることができて初めて
「逆境を活かした」といえるのでしょう。

 ピンチはあくまでピンチであると捉え、持てる力を総動員して乗り越えた時、
結果として「企業をより良くするチャンスだったのだ」ということになるのです。
 では、このように逆境を企業の発展に活かすために、
日頃の生活において、どのようなことが重要になるでしょうか。

第一は、自分の身に起きてくる物事に対して、喜んで感謝を持って受け止めることです。
 とかく逆境に陥ると、犯人探しに汲々となり、その人を責めたり、
自分を取り巻く状況のせいにしがちです。
しかし、責めたり嫌ったりしても、何も生まれません。
 日常から、何ごとも喜んで受け止めることを心がけ、
周囲に対する感謝の心を深める実践が、いざという時の「受けっぷり」に表われます。

 第二に、何かのトラブルに見舞われた時、その原因を正しく見極め、
的確に対応する習慣をつけることです。
 実務面における様々な原因については、すばやく処置して、
二度と同じ轍を踏まないようにすることが求められましょう。

 さらに大切なのは、そうした事態を起こした真の原因を見抜くことです。
言い方を変えれば「この状況は自分に何を教えようとしているのか」
「いったいわが社に何を教えてくれているのか」と問うことです。
経営者にはそうした、目に見えないものを見つめる、
深く澄んだ心の目が求められるのではないでしょうか。

 事業商売におけるピンチをチャンスに変えるのも、
日常の実践の積み重ねがあればこそでしょう。
日頃の小さな悩みや逆境をうやむやにせず、解決を先送りせずに、
自分や企業がより成長するチャンスとして、真摯に向かい合っていきたいものです。
posted by いさはやせいかつ   at 12:16 | Comment(0) | 名言・格言